海辺の公園

赤い公園のファンブログです。

10月18日に寄せて

津野さんに関する悲しいニュースをテレビだかウェブだかでちら見してから一年経った。そのころ自分は津野さんの名前を知らなかったし、赤い公園の名前をかろうじて知っていただけだった。だからまたそういうことがあったのだなと思ったぐらいだった。バンド名以外のことは文字通りひとつも知らず、一曲たりとも聴いたことがなかった。「オレンジ」を初めて聴いたのはその二か月ぐらい後のことになる。年明けに、この頃オレンジという曲ばかり聞いていると書いたのがあるところに残っていた。
それから一年。
赤い公園の曲は、音源になっているものはほとんど全部聴いた。何度も何度も聴いた。ここ二十年以上こんなに音楽を聴いたことはなかった。もう自分は新しい音楽にはまることはなくて、むかし聴いた音楽を時々聴いて懐かしむのが精々なんだろうって思い始めていたのに、あっけなく覆された。自分の心の中にまだこんなに音楽を受け入れる余地があるんだということに驚いたし、そこに赤い公園の音楽をしみこませることが最高に楽しくて嬉しかった。こんな解像度で音楽を聴いたのは生まれて初めてかもしれない。ヴォーカルが、ベースが、ドラムが、そしてギターが、それぞれに個性的な音を鳴らして、それぞれが響きあって楽曲になっている。それはあたりまえのことだけど、これまでなんとなくの塊でしか耳に入っていなかった音楽が、それぞれの要素が絡み合って織りなす糸のようなものとして頭に入ってくるようになった。大げさに言ってしまえば、自分にとっての音楽というものの存在の形が変わったといってもいい。そんなことがあり得るのかと思うけれど、でも実際にそうなったのだ。それはほんとうにかけがえのない体験であったと思う。

だから、そういう体験を与えてくれた赤い公園というバンドには心から感謝しているし、わけてもその曲のほとんどを書いていた津野米咲さんには特別のお礼を捧げたい。
自分はタイムラインの何人かの熱心な皆さんみたいに毎日津野さんのことを想ったり赤い公園の曲を聴いたりはしていないけれど、それでも伝えたい気持ちはあって、あんまりこの日にいっぱい届くと読むほうも大変だろうなと思いながらこれを書いている。
津野さん、たくさんの素晴らしい曲を書いてくれて、聴かせてくれてほんとうにありがとう。あなたはわたしの人生を確実に豊かにしてくれました。もう新しい曲が聴けないのは残念だけど、これからも赤い公園の曲を聴き続けます。津野さんのギター、ほんとにかっこいいですよ。

届いたらうれしい。難しいかもしれないけど。
またたぶん一年ぐらいしたら、書くと思う。