海辺の公園

赤い公園のファンブログです。

メモ:自分と赤い公園

ツイッターでフォローしているあやのりさんが「津野さんのいる世界のことをよく考える」というツイートをしていて、そんな風に考えたこと一度もなかったな、と思った。


あやのりさんも自分と同じく津野さんが亡くなってからファンになった人で、その意味では同じような立場だと言っていいと思う。でも自分は津野さんのいる世界のことを自分事として想像したことがなかった。ファンになるより前のことはほとんど歴史のような感じでとらえている。もう過ぎてしまったこと、縁のなかった世界。たとえばビートルズをめちゃくちゃ好きだったとしてジョン・レノンがいる日々を想像するだろうか、と問われると、もちろん想像する人もいるだろうけれども、それはないかなという人のほうが多いように思う。そういう感覚に近い。
とはいうものの、赤い公園の最後の二ヶ月はたしかに自分とともにあった。ラストライヴの告知があり、抽選に応募し、一般販売で呆然とし、ファンクラブの更新を嬉々としてチェックし、最後のライヴを目に焼き付けた。それは確かに同じ時間を過ごしたバンドだった。その事実と、歴史の中の赤い公園が自分の中でうまく接続できていない。並行世界に存在したバンドが、2020年12月のある日突然この世界に滑り込んできて、知らない歴史とともに居座ってしまった、みたいな感じがする。もちろんバンド名は知っていたし、津野さんが亡くなったニュースも見憶えがあったのだから、それは事実と反するのだけど、実感としてはそのような感覚だ。逆に言えばそのぐらい赤い公園とは接点がなかった。『ロストデイズ』も知らなかったし、「Joy!!」も知らなかった(曲名を知らないだけで聴き憶えぐらいあるんじゃないかと思っていたが、聴いてみたらまったく初耳だった)。「泡沫サタデーナイト」も知らなかった(ほうまつと読んでいたぐらいだ)。唯一知り得た可能性があったのは「黄色い花」で、『グレーテルのかまど』は時々見る番組なのだけど、残念ながらエンディングはちゃんと見たことがなかったらしく、曲はまったく憶えていなかった。

たぶん自分はこれからも津野さんのいる世界のことを自分事として想像することはないと思う。限りなく「できない」に近いと思う。別にそれでどうということはなく、それでも赤い公園の曲を聴き続けるだろう。そう今は思っているけどもしかすると将来は変わるかもしれない。それも含めて、こんなファンもいるってことを書き残しておこうと思って、書いた。